「無駄な経費を使わず、子育て世代の人生をもっと謳歌してほしい」

僕が昔住んでいた家は藁葺き屋根の家でした。戦前に建てられた平屋建ての本当に古い家。
玄関を入ったところには土間があって、野菜などがいつも置かれており、冷蔵庫も当時は野菜の置かれた土間に一緒にありました。
土間の奥には台所がありました。台所といっても「かまど」が二つと、ガスコンロ、洗い場があるだけです。その隅には、山から採って来た松の葉や薪が積んであり、その横が風呂の焚き口となっていました。

お風呂は母屋の外に出たところにありました。一旦外に出て入らないといけないので、入る時も出る時も寒くてたまりませんでした。今は見ることの無くなったマキをくべる五右衛門風呂です。
小さい頃は足を踏み外すと熱いので怖がりながら入っていました。モルタルの床は直ぐに冷え、お湯もすぐ冷めるので、入っている時にも誰かに薪をくべてもらわなければいけません。

「おかあさ〜ん!」

毎日毎日、家族の呼ぶ声に答えていたのは母でした。
薪は山に拾いに行かなければなりません。拾っても拾っても終わりがありません。
藁で作った入れ物に沢山の薪や松の葉っぱを運んでいた母の姿を思い出します。

やがて中学校に上がった頃、突然父が『家を建てる』と言い出しました。

まず始まったのは裏山から松の木を切り出すこと。私は遊びたい盛りでしたが、家が新しくなるという魅力で山から材木を運び出すのを必死で手伝いました。松の皮を妹たちと剥いたり、運んだり。
父に「手伝え」と言われるのは嫌だったのですが、職人さんの手伝いを始めると本当に楽しかったのを覚えています。

私が皮を剥いた材木は梁や階段板となり、今でもそのまま残っています。
壁に土を塗る手伝いをしたことも強烈に覚えています。

新しい家が完成した時、風呂は青いポリウレタン製。お湯は電気温水器で沸くようになっていました。
今ではとても『当たり前なこと』にとても感動したのです。
家の中にお風呂があり、ひねるとお湯が出るのです。もう寒いなかでの薪拾いも、薪をくべることも必要でなくなりました。

「これは楽じゃ。もう薪をくべんでもええわ」

そう言って喜んでいた母の顔を、今でも覚えています。

私はその母の顔を見て、
「大きくなったら家を建てる仕事をしよう」と自然に思いました。
これだけ人に喜んでもらえる仕事がしたい。と。

そして本当に家づくりを仕事にすることができました。
もしもっと便利で新しい家に暮らしていたなら、私は家づくりを仕事にはしていなかったのかと思うと、あの藁葺き屋根の家に感謝したい気持ちになります。

皆さんにとって本当に家づくりが必要になるのは「子育てのとき」です。
子育ての時期は住宅以外にも、いろいろな出費が重なります。
そんな大変な時期に土地取得や建築費用で多額の借金をする、これが今の家づくりの現状です。

私はアメリカやオーストラリアを訪れ、その住宅にヒントをもらいました。規模や仕様は変わらないのに、日本で掛かるような間接費がないからとてもリーズナブルなのです。そして、日本の住宅の無駄の多さに愕然としたのです。

「無駄な経費を使わず、子育て世代の人生をもっと謳歌してほしい。」

これが私が心から望むことです。私の母がそうだったように、皆さんの喜ぶ顔を見ることができれば、これに替わる幸せはないと考えています。

有限会社 アーキ・フロンティアホーム 代表取締役社長  藤井浩治

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